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公開から40年目に観たポール・マッカートニーの『ヤァ! ブロード・ストリート』

ポール・マッカートニーが監督・主演した "Give my regards to BROAD STREET" が公開されたのは1984年のことでした.日本では『ヤァ! ブロード・ストリート』というタイトルで公開されました.私が高校1年生のときでした.

公開前,音楽雑誌とかFM雑誌とかラジオとかTVとか新聞とかで話題になっており,私も公開日を楽しみにしていました.しかし上映館が少なく,自宅から最も近い上映館も交通経路が面倒で,上映期間も一瞬,という調子だったので観に行く機会を逸してしまい,40年が過ぎてしまいました.

映画は観に行きませんでしたが,サウンド・トラック盤のアナログ・レコードは国内発売日にレコード店に飛び込んで買いました.このアルバムは,人生で最初の,発売日に買ったレコードになりました.ポール・マッカートニーの新作アルバムについては,現在まですべて発売日に手に入れています.

公開前はそれなりに話題になっていた映画でしたが,公開されてからは話題になることもなく,その後40年にわたって一度も再評価されることがありませんでした.「音楽映画として観るぶんには悪くない」とか「優れた音楽を創るからといって優れた映画も創れるわけではない」というような評価が現在まで続いています.そういうわけで,私もこの映画を見損ねてしまったことを後悔することなく現在に至ります.

最近,ビートルズやウィングスの過去映像を観る機会が続き,その流れで『ヤァ! ブロード・ストリート』を思い出したので,中古DVDを取り寄せたのでした (現在は製造中止になっています).

以下,この映画を観ての覚え書きと思いつきです.観たDVDは2004年の初DVD化のときのものです.解説に類するものは同封されておらず,パッケージに簡単な説明文が印字されているだけです.しかし,1990年代に販売されていたCDのライナー・ノーツに詳しいことが書かれています.

ポールが若い!

映画が始まって最初に驚くのはポールが若いことです.撮影がおこなわれたのはポールが40才から41才にかけての時期です.いま82才のポールのこれまでの人生の真ん中が動画として記録されています.まだまだお爺さんになっておらず,フットワークの軽いおじさんとして元気に動き回っています.

若いのは外観だけではなく,声もです.シンガーとしてのポール・マッカートニーの,とても良い時期の記録になっています.

演奏シーンいろいろ

音楽映画なので多数の演奏シーンが組み込まれています."Not Such A Bad Boy" はガレージに機材を集めての典型的なロック・バンドの演奏です.すでにサウンド・トラック盤で何度も聴いてきましたが,映像を観るとさまざまな楽器の音が高い分解能で聞こえてきます.この曲にパーカッションのパートがあることに初めて気が付きました.

"Silly Love Songs" ではベースをゲスト・プレイヤーが担当しています (ルイス・ジョンソン).サウンド・トラック盤でも素晴らしいベース・ソロが聴けますが,これも映像で観ると迫力があります.音だけ聞いていたときには感じられなかった,スラップ奏法でベース弦をバシバシ鳴らす振動が画面から伝わってきます.

"Yesterday"から始めるメドレーは,レコーディング・スタジオでの演奏シーンになっています.コントロール・ルームにはビートルズ時代からのプロデューサーだったジョージ・マーチンがいます.マーチンを前にポールが身振り手振りで何かを説明するシーンとか,休憩時間になってリンゴ・スターがマーチンの前ではしゃいで出て行くシーンなどもあり,親子関係のような師弟関係のような信頼関係がこの時期も続いていたことが伺えます.

未来とか異世界とか宇宙とかに対する40年前のイメージ

映画の中では1980年代前半に想像した未来とか,異世界とか宇宙とかに対するイメージも登場します.いずれも40才頃のポールが想像したものです.それを見ると,実際の未来というものは,想像したものと少し逸れたところにやって来ることがわかります.

映画の冒頭でポールが小型車をすっ飛ばしています.クラシカルなデザインの自動車ですが,車内には1日の予定を小型電光掲示板で表示しつつ音声で読み上げてくれるスケジュール管理装置が組み込まれています.「昔はこんな旧式の装置だったなー」などと勘違いしそうな装置です(そんな装置はなかった).

電話機の受話器も設置されていて(車載電話),運転中に電話がかかってきて,ポールが自動車を道路脇に停めて受話器を持ち上げるシーンがあります.もう少し未来の技術を予測できたら,電話はスケジュール管理装置と一体化したうえで運転中も会話できる仕組みにしたことでしょう.なお,映画の終わりのほうではポールは運転しながら片手で受話器を持って通話しています.40年後はコレをやると捕まります.

"Silly Love Songs" は『ほかの惑星から毎日やってきては1曲だけ演奏して帰るバンド』に扮して演奏されています (CDの解説による).ここではメタリックなステージ,スチームを吐く謎の装置,全身真っ白の地球外高等生物のような衣裳,さらにダンサーによるパントマイム (映画字幕にはRobot Danceとある) が組み合わせっており,未来や宇宙をイメージさせるシーンになっています.ここだけ見ると撮影年を推測するのは難しいかもしれません.

映画内にいくつも登場するポールの空想シーンでは,ポールの録音テープを収めたケースが水色に光っています.ケースが登場するシーンは曇空の下とか夜間とかなので,ケースの光が印象的に光ります.これも異世界とこちらの世界とを結ぶパーツとしてのケース,という意味づけで見ることができるかもしれません.

煙い

男性のみなさんタバコを吸っています.ポールは吸っていませんが,リンゴ・スターが吸っています.そして誰かが登場すると立ち止まって一本取りだして火を着ける,場面が切り替わるととりあえずタバコを取り出して火を着ける,会議室で座ると火を着ける,といった調子です.映画を観ながら空気が煙たく感じられてきます.

夜の繁華街や深夜の駅構内には大きな酒瓶を片手にした人物が登場します.喫煙であったり屋外での飲酒であったり,40年間で変化したことに気付きます (イギリスでの屋外での飲酒が今どういう扱いなのか私にはわかりません).

ストーリーは噂どおり

ストーリー: ポールの新作アルバムの音源を収めたテープを持って出かけた,ポールの音楽会社の仲間「ハリー」が行方不明になってしまい,警察を巻き込んで大騒ぎになる.ポールの音楽会社は乗っ取られの危機にもあり,深夜0:00までにテープを見つけ出さないとタイヘンなことになる.ラジオ収録とか演奏リハーサルとか映像収録とかの多忙なスケジュールの合間を縫ってポールも心当たりのある場所に行ってみたり,ハリーを知る人々に会いに行ったりするが,まったく手がかりが得られない.周りのみんなはハリーが泥棒したと思っているが,ポールはそんなことはないとハリーを信頼する素振りをしつつ,テープを抱えて逃げるハリーを警察が追いかけているシーンとか,札束を積まれてハリーが寝返るシーンとか,怪しい取引の現場でハリーが刃物で刺されるシーンなどをポールは空想している.そうこうしているうちに深夜0:00が近づき,ポールが鉄道駅のホームに行ってみると,ベンチの上にテープが放置されており,近くの物置からハリーの声がする.ハリーはテープをベンチに置いてトイレだと勘違いして物置に入り,そこで外から鍵がかかってしまって中で寝ているうちに夜になってしまったという.テープは見つかった.めでたしめでたし.

え,なにそのストーリー.なんか落ちはないの? この映画で何を言いたかったわけ?

トイレと物置を間違えるのはしょうがないとして (ハリーはちょっとマヌケな人物として描かれている),夜が来るまでに「出してくれー」って声を上げれば近くを通った駅員とか乗客とかに発見されるはずだし,重要なテープ (当時のポール・マッカートニーは世界一レコードを売った人物としてギネス・ブックに載っていました) をベンチに放置してトイレに行くのがおかしいし,こういう人物が1人で鉄道で重要テープを運ぶのがダメだし,少なくとも警備員を同行させるだろうし,そもそも鉄道で移動しないで現金輸送車みたいな乗り物で運ぶだろうし,もう設定がダメダメ!

と思っていると,自動車の後部座席で居眠りしていたポールに場面が移って,ポールが目を覚まして,これまでのすべてはポールの見た夢の中のお話でした,っていうエンディングです.

まさかの夢落ち・・・

この映画の公開から今年で40周年ですが,これを記念してデジタル・リマスター版が公開されるとか,特典付きBlu-rayが出るとか,40周年記念スペシャルBOXセットみたいな何かが出るとか,そういう噂は一切ありません.たぶんそういうのは全く何もないまま2024年が終わることでしょう.

この映画の見所

ストーリーはまったくどうしようもない映画ですが,だからといってDVDをゴミ箱に投げ込むほどのものではありません.この作品にはそれなりに見所もあります.

まず,いま82才のポール・マッカートニーのこれまでの人生の真ん中を収めた映像だという点です.ウィングスが解散となり,ソロ活動を始め,"Tug of War" をヒットさせ,これに続いてヒットした "Pipes of Peace" を完成させた時期です.まだ30年以上続くことになるワールド・ツアーの日々は始まっていないし,そんな日々が来ることはポール本人も想像していなかったことでしょう.

映画の中で取り上げられている楽曲は,ビートルズ時代,ウイングス時代,ソロ作品の中から選ばれており,その選曲は最近のワールド・ツアーのものとは大幅に異なったものです.今後,演奏シーンを観ることのなさそうな曲の演奏を観ることができます.

すでに亡くなった人々が元気に登場するところも見所です.1998年に亡くなったリンダ・マッカートニーはバンドの一員としてキーボードを弾いているし,写真を撮るシーンもあります (本職がカメラマンであることをアピールするためか,キーボードの上にはカメラが置いてあります).

一部の曲でドラムを叩いているTOTOのジェフ・ポーカロは1992年に亡くなっています."Silly Love Songs" で見事なベース・ソロをみせてくれたルイス・ジョンソンは2015年に亡くなりました.スタジオに姿を見せるビートルズ時代からのプロデューサーだったジョージ・マーチンが亡くなったのは2016年でした.

むかしのポールの姿を見ることができて,もう活躍を見ることのできない人々の姿を見ることもできる,ちょっと長めの音楽ビデオとして見るのがこの作品の楽しみ方としてはおすすめです.

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